ご挨拶
長崎県は最も多くの有人離島を持つ県であり、こうした離島の医療確保のために長崎県および長崎大学は古くから尽力してきた歴史があります。2001年から実施された第9次へき地保健医療計画によって、各都道府県にへき地医療支援機構が設置されることになり、2003年4月には「長崎県へき地医療支援機構」が設置されました。これに加えて、さらに離島・へき地医療を充実させることを目的に、2004年5月、長崎大学に長崎県と五島市による寄付講座「離島・へき地医療学講座」が開講しました。
離島・へき地医療学講座は、全国初の地方自治体からの寄付講座であるとともに、離島の中核病院内に「離島医療研究所」を活動拠点として持つという特徴を持っています。この離島医療研究所に3人の教員が常駐し、主に①地域医療教育法の開発、②地域疫学研究、③地域医療情報に関する研究、④離島・へき地への診療応援に取り組んでいます。
以前より、地域と診療科による医師偏在はありましたが、2004年に始まった新医師臨床研修制度をきっかけとして偏在が拡大し、地方都市やへき地の医師不足が全国的に大きな問題となっています。こうした医師不足問題への対応策の一つとして、政府はこれまでの医学部入学定員の削減方針を改め、2008年から毎年増員を続けており、この結果、2012年の全国の医学部入学定総数は過去最高の8,991となりました。2008年からの5年間で実に1,366人が増えたことになります。そして、この医学部入学定員の増員分の多くを地域を指定した入学定員、いわゆる「地域枠」が占めており、将来地域医療に貢献してくれることが期待されています。
一方、卒前・卒後の医学教育においても地域医療教育の重要性が認識され、2007年に改訂された医学教育モデル・コア・カリキュラムに地域医療に関する項目と地域医療臨床実習が新しく盛り込まれ、多くの大学が地域医療教育に力を入れるようになってきました。長崎大学では、地域医療を支える人材教育を行う場として離島に注目し、2004年より医学部の全学生を対象とした臨床実習「離島医療・保健実習」を開始しました。医学生全員を対象にした離島での臨床実習は、全国でも例のない初めての取り組みでしたが、徐々に対象と実習フィールドを拡大し、現在では学部と大学を超えた地域医療の一貫教育へと発展しています。
離島という環境は、医療サービスを提供する上では不利な条件となりますが、逆に地域医療に関する研究を行うには適した場ではないかと考えています。我々は高齢化が進んだ「離島」を将来日本のモデルと考え、特に、高齢者で多い脳卒中や虚血性心疾患などの原因となる動脈硬化や生活習慣病について、自治体と連携しながら疫学研究を行っています。離島と本土の住民の間に遺伝子的な違いがないこと、小離島の住民では血中ホモシステイン濃度が高いこと、高ホモシステイン血症が動脈硬化に影響を与えている可能性があることなどの研究成果が出始めています。
離島・へき地は、医療や介護の資源が乏しい上に小集落が広い地域に点在していることから、質の高い医療・保健・福祉サービスを行き渡らせるためには、関連職種間で有機的な連携を深め、効率良くサービスを提供するシステム作りをしていくことが重要です。そのためには、ITを活用した地域医療情報共有が必須と考えており、地域の医療情報、調剤情報、訪問看護や介護情報、高齢者見守り情報などを共有するシステム開発に関する研究を進めています。離島で活用できるシステムを開発できれば、全国のへき地でも活用できる汎用型システムに発展させることができると期待しています。
地域医療に興味を持っている学生や若い医師は決して少なくありません。離島・へき地医療学講座は、地域医療に関する実践教育を推進することはもちろん、地域医療の面白さとやり甲斐を学生に伝えることで、将来地域医療を支える人材を育成していきたいと考えています。そして、離島に地域医療に関する研究フィールドを構築し、主に教育と研究を切り口にして、地域医療の活性化に貢献するよう努力してまいります。皆様のご支援とご協力をよろしくお願いいたします。